人、組織、そして地域を育てるために。木村石鹸が実践する可能性の引き出し方

人、組織、そして地域を育てるために。木村石鹸が実践する可能性の引き出し方
2021.10.1

任せる経営を実現するためには、組織文化をいかにつくり、維持するかが重要だ。木村石鹸工業株式会社 代表取締役の木村祥一郎さんは、任せる経営の実践のために経営者としてどう振る舞うべきか、試行錯誤を重ねてきた。

木村石鹸で「任せる経営」を実現するために、経営者が引き受ける役割を聞いた前編はこちら:
「任せる経営」の実現のために経営者が果たすべき役割は?木村石鹸の組織づくりの舞台裏

では、任せる人材、組織はどう育てていけばよいのだろうか。木村さんにその疑問をぶつけてみたところ、人や組織、そして地域を育てるために必要な姿勢が浮かび上がってきた。

PROFILE

木村祥一郎(きむら・しょういちろう)
木村石鹸工業株式会社 代表取締役社長
曽祖父が立ち上げた木村石鹸の工場で、せっけんを焚いたり箱詰めしたりする父の背中を見ながら育つ。「お前は4代目なんやから、この会社を継ぐんやぞ」と言われてきた。1995年、大学時代の仲間数名とIT企業を立ち上げる。2013年にIT企業の取締役を退き、家業を継ぐべく41歳で木村石鹸へ。2016年、4代目社長に就任。自身も癖毛で、木村石鹸のシャンプー「12/JU-NI」を愛用中。

組織という水槽をメンテナンスする

事業を成長させていくためには、組織も成長させなくてはならない。その重要な役割を担うのが採用だ。

木村石鹸も、採用には工夫をこらしている。2022年度の新卒採用で木村さんのTwitterだけで募集をかけ、最大2名を想定していた枠に対して、倍率20倍となる40名以上のエントリーがあった。どうしても木村石鹸に入社したいと考え、会社のことを真剣に勉強している人ばかりで木村さんも「本当に驚いた」という。

枠が少ないからこそ、採用する側の目は厳しくなる。最初と最後の面接を自ら担当しているという木村さんは、面接においてどういった点を重視しているのだろうか。そう尋ねると、木村さんは人と組織の関係を“魚と水槽”に例える「水槽理論」を挙げた。

どれだけ優秀な人(“魚”)も、組織風土(“水槽の水”)が悪ければ、いきいきと活躍できません。逆にいうと、いい組織であれば、もともと持っていた能力に関係なく活躍できる人がいっぱいいますよね。だから、“水槽の水”をきれいにすることに注力しているんです」

木村さんが水槽をメンテナンスするために大切にしているのは、その人が物ごとを考えるときの「立ち位置の良さ」だという。

性格がいい、素直さがあると言い換えてもいいと思います。要するに、“調整コスト”を必要以上にかけないこと。周りの神経をすり減らしてしまう人や、みんなが気を遣って時間を割かなくてはいけない人は、どれだけ優秀でも採らないようにしています」

木村石鹸が独自の文化(≒水質)を重視しているのは、前半でも触れたとおりだ。採用は水質に影響を与えるため、どんな人が自社にフィットするのかは慎重に考えなければならない。

組織の水質を変えるために、若手社員の採用を推進

水質を変えようとする際に重要になるのもまた採用だ。木村石鹸は自社ブランド「SOMALI」を成長させるために、組織を改革していく必要があった。採用を改革のきっかけするため、2015年から若手の採用に着手した。

まったくの新しいチャレンジをするときに「新しい力」を社内に入れることが、会社の姿勢を表すわかりやすいメッセージになると考えたのだ。

「自由な開発環境を保証しても、新しい取り組みをするとなると、長くいる社員ほど過去の経緯や社内の関係性を考慮してしまいます。そういったことにとらわれない若い人が加わり、周りに教えてもらいながら進めてもらうほうが、みんなも協力しやすいだろうと考えました」

若手を採用するために、採用の手法も変えた。当時はIT系のスタートアップの募集が並んでいたビジネスSNSのWantedlyを活用して、ECの拡大を支えてくれるメンバーを募集。これに応募してきたのが、新卒3年目のマーケティング職の女性だった。

異なる業界から木村石鹸に飛び込んだ若手社員は、せっけんに関する知識はない。会社として重要な自社ブランドの仕事を、業界知識のない若手に任せるという意思決定はなぜできたのか。

「自分が20代で起業したときに『若いお前には可能性があるから、とりあえずやってみろ』と仕事をくれた人が、何人もいたんです。未経験の僕らによく依頼してくれたなと思いますが、そうやっていただいたチャンスで、僕らは事業を成長させることができました。

だから、僕も同じように、新しいチャンスを次の世代に渡していきたかったんです。今の若い人たちには、僕たちよりもたくさんのチャレンジをできる環境や力がある。その可能性を伸ばすのが“大人”の仕事だ、と僕は考えています」

ベテランが若手の可能性を引き出し、活躍を支える組織へ

会社として若手の採用に力を入れ始めた木村石鹸。長く在籍していたベテラン社員には抵抗もあったのではないだろうか。木村さんは、ベテラン社員にも若手を採用する必要を繰り返し語っていたという。

「NASAの有人宇宙飛行計画である『アポロ計画』で人類初の月着陸を成功させたとき、着陸に関わる主だったメンバーの平均年齢は、実は20代で。彼らを支えていたのは、経験豊富なベテランスタッフだったそうです。僕は、ベテラン社員にこのアポロ計画の話をよくしてきました。若い世代の可能性を引き出すのはベテランの役割ですよね、と」

こうした呼びかけもあり、ベテラン社員は入社した若手社員に力を貸していった。それが実現できた背景には、入社した若手も木村石鹸の水槽に合う、性格がいい、素直な人だったからというのもあるだろう。

「わからないことがあれば素直に学んでいく姿勢と、マーケティングというこれまでの木村石鹸にはない視点で、社内の協力を得ながら若手社員は仕事を進めていきました。

これがもし、経験豊富なベテランがポジションを与えられた状態で入社してきて、トップダウンで事業開発や組織改革を一気に進めていったら、きっと長く在籍してきた社員はすごく反発すると思うんですよ。

新卒3年目の行動力がある社員が飛び込んできて、今までにない挑戦を進めてくれたことで、周りは力を貸しやすかったはずですし、ポジティブな影響を受けたと思います。若手の存在は、新しい事業を進める上で重要だなと実感しましたね」

若手の採用が組織に及ぼす影響に手応えを感じた木村さんは、中途採用だけでなく、新卒採用をスタート。次々と若手社員を採用していき、現在の木村石鹸には「20代」の社員が最も多くなっている。

「若い人たちは、僕にはない可能性を秘めている。だから若い社員の比率を上げて、その可能性をベテラン社員が引き出す組織にしたかったんです。若い世代が活躍すると、組織が活気づきますから」

取材に同席してくれた広報担当の社員も、木村石鹸に新卒入社した20代

地域への向き合いも、組織や人材を育てることにつながっていく

木村石鹸は、人材や組織を育てるために取り組んでいることもユニークだ。行政と企業が連携して地域をエンパワーメントする活動である「みせるばやお」は、育成機会になっている取り組みの1つだと言える。

みせるばやおは、2018年に八尾市の駅ビルの空いたスペースを活用し、地元企業を市民に知ってもらうために発信したり、八尾に拠点を置く会社同士が交流したりしている。

駅ビルの一角にある「みせるばやお」は、誰でも気軽に立ち寄れるオープンスペース(撮影:大森あい)

木村石鹸には、みせるばやおの活動に積極的に関わる社員もいる。若手社員も子どもたちへのワークショップを開催するなど、ものづくりの魅力発信の一翼を担っているという。一見、本業からは距離があるようにも感じられるが、会社にとっても、社員にとっても貴重な機会となっているようだ。

「『こんな会社が八尾にあったなんて知りませんでした』と八尾に住んでいる方に言われることがよくあります。ワークショップがきっかけで木村石鹸の商品を手に取ってもらえて、ファンになっていただけたこともありました。

私たちは、実際に商品を使う姿を見たり、使っている人の声を聞いたりすることって、ほとんどないんです。みせるばやおではワークショップでお客さんの反応を見られるので、若手社員にとって新鮮でおもしろいみたいですね。

採用に結びついたりするケースもあるんですよ。八尾市在住で市外に勤めていた方が、木村石鹸に開発メンバーとして転職してきてくれたんです」

みせるばやおで木村石鹸が開催した、子ども向けワークショップ

地域や社会に対して、何かをしている会社のほうがいいな、と考える人が増えていると感じます。木村石鹸はそれに応える会社でありたいですね」と木村さんは語る。短期的なわかりやすいリターンが見えてなかったとしても、取り組むことが会社にとっての価値になることもある。地域に根ざして活動する会社であれば、なおさら重要だろう。

人、組織、そして地域を育てることへの貢献

木村石鹸は、みせるばやお立ち上げ当初、積極的に関わっていたわけではないという。立ち上げ前に声をかけられたときは、参加を断ろうと考えた時期もあったそうだ。

「木村石鹸にぜひとも参加してもらいたい」という八尾市役所職員の熱意に押されて参加していくうちに、みせるばやおの活動の中核を担うようになり、2020年にみせるばやおが株式会社化されると、木村さんは代表取締役を引き受けた。

「八尾は、大阪府の中でも製造業の盛んな市です。ところが、その事実が地元でほとんど認知されていません。地元の方々が『自分の地元には、世界に誇れる企業がたくさんある』と思えることが、八尾を拠点にしている自分たちにとって、すごく重要だと思うようになりました」

みせるばやおでは、八尾市で生産されている商品を販売している(撮影:大森あい)

地域が育っていくためにできることは、市民への認知向上にとどまらない。みせるばやおは八尾にある企業どうしをつなげることで、新たな価値を生み出そうとしている。

みせるばやおをきっかけに、業種も規模も違う企業の社員が頻繁に顔を合わせ、毎週のようにイベントを開催し、部活や勉強会に一緒に参加するようになった。何気ない会話から互いのものづくりについて理解を深め、組織づくりや新商品のヒントを得る。会社の枠を超えたコラボレーション商品も、みせるばやおから多数生まれているという。

「これまでは八尾市に企業があることを知らなかったから市外に発注していた物も、今ではみせるばやおで出会った企業さんにお願いするようになりました。今日も八尾の企業さんに、床張りをお願いしています。

最近は、お互いの組織文化のことや挑戦していることをシェアしているんですよ。これがすごく勉強になるんです。だから、僕らもどんどんギブしたいと思っています。

例えば、木村石鹸で2019年から導入を始めた「自己申告型給与制度」。これによって、社員が事業を自分ごと化して考えるようになったと感じています。その話を共有したら、評価制度に悩んでいた企業がこの制度を導入を決めました。身近で生の声を聞けて、悩んだときに近い距離で相談できるからこそ、『やってみよう』とチャレンジしやすいんだと思います」

本格始動から3年、みせるばやおには130社以上が参画し、たくさんの関係性を生み出すプラットフォームとなっている。オープンイノベーションの取り組みのように新たな価値を生み出すだけでなく、地域の経済を地域で回していくという視点からも、みせるばやおの取り組みはおもしろい。

地元企業で連携して互いの価値を磨き合っていった先に、「八尾って、おもしろい会社がいっぱいあるところだよね」となることを目指している

直感を信じて、数字では測れないものに投資する

人や組織、地域が育っていくためには、様々な要素が影響する。

ワークショップを担当した社員が感じられる、自社の商品を直接お客さんに届けられる喜び。地元企業を知った市民が、地元に就職する可能性。地元を誇らしく思う子どもたちが築く、地域の未来。

数字では捉えにくいけれど、たしかに存在している価値。それらを信じて意思決定することも重要だ。

会社を経営していて、費用対効果だけで物事を測ったとき、やらないほうがいいことなんていっぱいあるんですよ。でも、数字ではわからないものに価値があることも、僕はずっと感じてきたんですね。

当然、何でもかんでも取り組めるわけじゃありません。でも、感覚的に『やっておくと何かありそうだ』と思えるものを続けることが、僕は経営者としてすごく大切なことだと思っています」

八尾市の街並み

COMPANY PROFILE

木村石鹸工業株式会社
大阪府八尾市にて、1924年に創業。家庭用洗剤や業務用洗浄剤などの企画、開発、製造を行う。伝統の「釜焚き」により石鹸成分を一から製造できる、国内で数少ないメーカーの1つ。「正直なものづくり」を掲げ、toBからtoCまで多くのファンに支持されている。2019年には『Forbes JAPAN』が選ぶ日本が誇る小さな大企業「SMALL GIANTS AWARD」にて、ローカルヒーロー賞を受賞。

Webサイト:https://www.kimurasoap.co.jp/

編集後記

私たちの毎日には“ビジネス”を中心とする経済活動のロジックが強く根を張っています。特に重視されてきたのが「合理性」です。

いかに効率よく事業を拡大できるか。より速く、より遠くまで行けるか。数字だけが正解でないと分かりつつ、目標を設定すれば、つい追いかけたくなる。

だからこそ、個人の属する組織が「数字以外を大切にしよう」「直感的にいいと思うことにちゃんと取り組もう」と掲げることの価値は大きいと思います。

個人が迷子になったとしても、大切なものに立ち返れる組織がある。そんな組織には、未来を見据えることが仮に成果の見えない祈りに近い行為だとしても、確かな思いに人は集まっていきます。そして人は確実に「水」を変えていくでしょう。

多くの若手が育ち、成長を続ける木村石鹸は、その祈りの価値を証明し始めている──そう実感する取材でした。